駐在員の実情と肩書きの現実
欧州では、すでに何十年も前から進出し工場などの生産設備を構えている大企業を除けば、駐在員2〜3人、多くても5人程度で現地法人を回している会社が多くあります。コストの高い欧州においては、少人数で効率的に運営することが常識となっているのです。
そうした環境なので、名刺交換をすると「Director」や「CEO」といった肩書を持った人に出会うことは決して珍しくありません。
もちろん、日本で長年の経験を積んだ取締役経験者が最後の赴任先として欧州に派遣されるケースもあります。しかし実際には、日本で中間管理職クラスの人が、社命により現地法人やプロジェクト会社の取締役や社長に任命されていることが大半です。特に近年の進出企業ではこのようなケースが多く見られます。──しかし、ここに大きな落とし穴が存在します。
オランダにおける取締役の責任
会社は法人格を持ち、法律上は一つの人格として扱われます。会社の行為に対して責任を負うのも原則として会社自身です。しかし、それで取締役が「安全圏」にいるわけではありません。取締役には、会社とは切り離された個人としての責任が課され、法的に履行を求められるケースが近年注目されています。
例えばオランダでは、会社が倒産や清算に至った際、その過程における取締役の責任が厳しく問われます。ある会社では、年次報告書の提出を怠っていたことが清算時に発覚し、その怠慢が会社活動の停止の遠因のひとつであるとして、取締役個人の責任が追及されました。また、経営判断に重大な過失が認められれば、損害賠償責任が直接取締役個人に及ぶ可能性もあります。
さらに、コンプライアンス違反が発覚した場合には、刑事罰や民事上の責任が取締役個人に科されるリスクも存在します。駐在員が少人数であるがゆえに、形式的に肩書を与えられただけの取締役であっても、金融機関や監督当局からは「Director本人」として扱われ、直接責任を問われる場面が現実にあるのです。
つまり「会社に言われたから」「社命で仕方なく引き受けただけ」という理由は、法的には免責の根拠にならないのです。
日本も例外ではない
こうした構造はオランダに限られたものではありません。日本においても、取締役は雇用契約に基づく従業員ではなく、会社法上の委任契約に基づく経営者としての立場にあります。そのため従業員とは一線を画し、就業規則は適用されず、労働法上の保護も及びません。
つまり、取締役は「会社のために働く雇われ人」ではなく、「経営に関与し、自ら判断して責任を負う立場」として位置付けられています。普段、日本で中間管理職を務めている人にとっては実感が薄いかもしれませんが、取締役に就任した瞬間から、法的責任は個人に直結するのです。
これは大企業か中小企業か、上場企業か非上場企業かという区分に関わらず、基本的な考え方です。しかし、日本では取締役になる人がごく少数であるため、その重さを認識する機会が限られています。最近ではグループ経営強化の一環で関係会社への出向や「関係会社の役員就任」が増えていますが、研修の多くは社長や役員に就任してから初めて受講できるケースが大半であり、現実には「課長・部長の延長」として取締役を捉えてしまう風潮がまだ根強く残っています。
結論:肩書の重さを知る、備える
海外駐在やプロジェクト会社では、現場を牽引してきた中心メンバーがそのまま現地の責任者に任命され、「Director」「CEO」といった肩書を与えられることが少なくありません。異動が決まってから簡単な研修を受け、現場に投入され、日々の業務に追われていくうちに、自分の肩書きやその法的責任について考える時間を持たないまま日常が過ぎていく──そんな状況が現実です。
しかし、取締役という肩書きは決して軽いものではありません。取締役は「会社の盾」ではなく、法律のもとで個人が直接責任を負う立場です。社命で引き受けただけだからと安心してはいけません。責任は会社ではなく、最終的にあなた個人に帰属するのです。だからこそ、取締役の役割を担うにあたっては「自分には関係ない」と思わず、日々の意思決定や署名行為がどれほど大きな意味を持つかを理解しておく必要があります。役員賠償責任保険(D&O)の加入状況を確認する、議事録や承認記録を必ず残す、本社の指示は書面で裏付けを取る──最低限のセルフディフェンスが不可欠です。
結局のところ、取締役という肩書きは「肩書き以上の意味」を持っています。それは名刺の印字ではなく、法の下での責任を背負う覚悟を求めるものです。会社のために、そして何より自分自身を守るために、その重さをしっかりと理解し、行動に移すことが求められています。──ご用心。
そして、こうした情報や知識を得る機会を軽視してはなりません。海外駐在では日系コミュニティのネットワークが活用しやすく、他社駐在員との情報交換を通じて学べることも多くあります。
オランダの場合、日本商工会議所(JCC)が取締役責任や法制度に関するセミナーを主催しており、そうした場に積極的に参加することで、自身のリスク感覚を磨き、無知による落とし穴を避けることができます。
こうした気づきは、私自身が日々の経験の中で改めて感じたことでもあります。だからこそ、同じような立場にある方々と共有し、機会あるごとに発信していければと思います。
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