オランダ総選挙2025──AI偽画像が左右した“中道の延命”

オランダ総選挙2025でAI偽画像問題によりPVVが議席を減らし、ポピュリズムの限界が自滅として現れたことを象徴するイメージ ライフスタイルの感性

アムステルダムで暮らしていると、日常の中に「移民」と「共生」という言葉の重さを、時折突きつけられる瞬間があります。
ただし、いま欧州で起きている動きは、移民問題だけでは説明できません。
フランス、イタリア、ドイツ――どの国でも、極右や保守ポピュリズム政党が第一党となる傾向が強まっており、オランダもその流れの中にあります。

実際、2023年11月の前回選挙では、自由党(PVV)が第1党に躍り出て政権入りしました。
しかし、連立を組んだスホーフ内閣は、移民政策をめぐる対立から2025年5月に総辞職
わずか半年後に早期総選挙へと突入するという異例の展開となりました。

その結果、2025年10月29日の総選挙では一転、PVVが大きく議席を減らす結果となりました。

PVVは依然として第1党、しかし議席を大幅に減らす

今回の選挙でPVVは11議席を失い、26議席へと後退しました。
とはいえ、依然として第1党の地位を維持しており、「ポピュリズムの限界」とまでは言えません。
むしろ、この結果は“AI偽画像スキャンダル”という突発的な要因が中道勢力を救った、偶然の延命と見るべきでしょう。

順位 政党名 略称 獲得議席数(暫定) 2023年からの増減
1位タイ 民主66 D66 26 +17
1位タイ 自由党 PVV 26 −11
3位 自由民主国民党 VVD 22 −2
4位 グリーンレフト-労働党 GL/PvdA 20 −5
5位 キリスト教民主アピール CDA 18 +13

出典:2025年10月29日オランダ下院選挙 暫定結果(主要メディア集計)

選挙戦終盤、PVVの議員2名が匿名で運営していたFacebookページに、左派・環境政党連合(GroenLinks/PvdA)の党首フランス・ティンメルマンス氏を中傷するAI生成画像が投稿されました。

オランダ総選挙2025で問題となったAI生成の偽画像。フランス・ティンメルマンス氏を腐敗や金銭授受のように描き、PVV支持ページが拡散したもの。
※「gegenereerd met AI(AIによって生成)」と明記された虚偽画像。出典:NOS/Facebook報道より

画像は、ティンメルマンス氏が金銭を受け取ったり、警察に逮捕されたりするように見せかけたもので、「腐敗」「金を奪う左派」などの扇情的な文言が添えられていました。

AI偽画像スキャンダルとウィルダース氏の謝罪

この投稿は瞬く間に拡散し、オランダ公共放送(NOS)などが「AIを悪用した政治宣伝」として報道。
騒動を受け、選挙2日前の10月27日、ウィルダース党首は自身のX(旧Twitter)でこう謝罪しました。

「不適切で、受け入れられない。距離を置く。謝罪する。」
(”Inappropriate and unacceptable. I distance myself from this. Apologies to colleague Timmermans.”)

 

ウィルダース氏は問題のページを閉鎖させましたが、時すでに遅く、この事件はPVVへの信頼を大きく損ねました。

この偽画像を作成・投稿したのは、PVV(自由党)の現職下院議員であるマイケル・ブーン(Maikel Boon)氏とパトリック・クラインス(Patrick Crijns)氏です。
両名は、匿名で運営されていた Facebook ページ「Wij doen geen aangifte tegen Geert Wilders(私たちはヘルト・ウィルダースに対する告発はしません)」の管理者として特定され、そこから AI 生成による中傷画像が投稿・拡散されました。

この行為に対し、野党(GroenLinks-PvdA)は名誉毀損および脅迫的要素を理由に 刑事告発 を行い、ティンメルマンス氏も「この2名が現職議員として議会に戻るべきではない」との見解を示しました。

党としての関与は確認されていませんが、PVV 所属議員による行為が結果的に党全体の信頼を損なう要因となった のは確かです。
ウィルダース氏は選挙2日前に問題のページから距離を置き、謝罪し、ページは閉鎖されました。

支持基盤の中でも、穏健層や中道右派の有権者が離れ、結果的にD66(民主66)が躍進。
もしこのスキャンダルがなければ、PVVが単独第1党として議席を伸ばしていた可能性は十分にあったと見られています。

海外と国内で分かれた“評価軸”

海外メディアはこの結果を「ポピュリズムの限界」と報じました。
The Guardianは「ポピュリズムの訴求力と限界の両方を示した選挙」と評し、Modern Diplomacyも「オランダの投票はポピュリズムの限界を測るテスト」と伝えました。
しかし、オランダ国内では論調が異なります。

De VolkskrantやNOS、Algemeen Dagblad(AD)などは、PVVが依然として第1党である事実を重視し、
「ただし信頼性の欠如が連立の壁となっており、どの政党も協調を拒んでいることから、政権からの離脱は避けられないとしている」と報じています。
つまり、国内では“終わり”ではなく、“孤立”として語られているのです。

連立予想──現実的シナリオは中道連合

オランダ議会(定数150)では、単独で過半数(76議席)を得る政党は存在せず、連立は不可避です。
主要政党の立場は明確で、自由民主国民党(VVD)はPVVとの連立を明確に拒否。
キリスト教民主アピール(CDA)も慎重姿勢を崩していません。
そのため、現実的な連立シナリオとしては、次の2つが考えられています。

  1. D66+CDA+VVDによる中道連立
     EUとの協調重視・財政均衡を軸にした安定型。
  2. D66+GL/PvdA+小政党(VoltやCU)によるリベラル連立
     社会政策を優先しつつ、右派排除を明確に打ち出す構成。

いずれのケースでも、PVVは“議席はあるが入れない政党”となり、
政権復帰どころか、再び野党としての立場に戻る可能性が極めて高い状況です。

自滅の構造

PVVが2023年の選挙で37議席を得て政権入りしたとき、ウィルダース氏は「常識を取り戻す政治」と訴えていました。
しかし、その後わずか11ヶ月で連立を離脱。
今回のAI偽画像問題も含め、“対立で得票し、孤立で失う”という循環を繰り返しています。
それは、外敵を作ることで短期的な支持を得ながら、協調を拒み続けた結果でもあります。

つまり、今回の敗因は“ポピュリズムの終焉”ではなく、自滅の構造が表面化したということです。
PVVが直面しているのは、他党からの排除ではなく、自らが信頼を失った結果としての孤立です。

結語:中道の「勝利」ではなく「救済」

この選挙をもって「中道が勝った」と言うのは正確ではありません。
むしろ、AI偽画像スキャンダルという偶然が中道を救った
PVVが掲げてきた移民排斥や反EUというレトリックは、依然として一定の共感を集めており、
その意味でポピュリズムはまだ終わっていません。

しかし、政治は「怒りの受け皿」だけでは成り立たない。
ウィルダース氏がAIという虚構の道具で相手を攻撃した瞬間、
その矛先は自らの信頼性を破壊する刃となりました。

ポピュリズムが退潮したのではなく、PVVが自滅した――それが今回のオランダ総選挙の本質である。

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