アムステルダムでの体験をきっかけに、AIとの対話がいかに「条件」に引っ張られやすく、「目的」から逸れてしまうかを痛感しました。
そのエピソードを整理しながら、AI研究で古くから議論されてきた「フレーム問題」との関わり、そしてプロンプト設計の本質について考えてみます。
■ ConcertgebouwからRAI駅へ──道案内のやり取り
ある晩、コンサートを聴き終えてRAI駅に帰ろうとしました。
Concertgebouwの正面にはトラム停留所が並んでいます。そこでChatGPTに尋ねました。
「Concertgebouwから一番近いTram 4の駅はどこ?」
返ってきた答えは、Frederiksplein。徒歩でおよそ15分かかるとのことです。
条件に沿った答えではあります。ですが夜遅くにコンサート帰りで、目の前に停留所があるにもかかわらず15分歩くのはどうにも腑に落ちません。
そのとき、ふと思い出しました。
「そういえばRAI駅で23番のトラムを見たな。あれはどこを走っているんだ?」
半信半疑で「23番は?」と聞いてみました。
すると驚きの答えが返ってきました。
Concertgebouwのすぐ前、Van Baerlestraat停留所からTram 23(現在は24に統合)に乗れば、乗り換えなしでRAI駅まで直通できるというのです。
──それを最初に言えよ!
人間であれば「4番でも行けるけど、実は目の前から24番直通があるよ」と補足してくれるでしょう。
ですがAIは条件に忠実すぎて、最適解を後出しする形になったのです。
■ChatGPTは条件に忠実すぎる?目的解を逃す理由
このやり取りは、AIの回答が「条件解」と「目的解」に分けられることを示しています。
- 条件解:ユーザーの指定条件に忠実な答え
(例:Tram 4を使うならFrederikspleinまで徒歩15分) - 目的解:ユーザーの最終目的を達成する答え
(例:ConcertgebouwからRAIに最短で帰るならTram 23/24直通)
AIはしばしば条件解を優先し、目的解を見落とします。
人間なら「両方」を提示し「どっちにする?」と選ばせるでしょう。
■ フレーム問題との関係
ここで思い出すのが、AI研究の基本概念であるフレーム問題です。
フレーム問題とは、AIが行動を選ぶ際に「何を考慮すべきで、何を無視してよいか」を判断できない課題を指します。
今回のケースでも、AIは「Tram 4」という条件をフレームとして固定し、それ以外の可能性(Tram 23/24直通)を「考慮不要な情報」として扱ってしまいました。
つまり、条件に縛られて目的に必要な情報を無視するという構造は、まさにフレーム問題である。
人間なら状況に応じてフレームを切り替え、「条件に沿った解」と「目的に沿った解」を柔軟に提示します。
この違いが、AIの限界と人間の強みを浮き彫りにするのです。
■ 正しいプロンプト設計でAIの限界を補う
この事例から学べることは多いです。
- 目的を明示する
- 「Tram 4の駅は?」ではなく、「ConcertgebouwからRAIに最短で行くには?」と問う方が正確です。
- 条件を先に与えるとAIはその枠に閉じ込められてしまいます。
- 条件解と目的解を分けて考える
- 「指定条件に沿った答え」と「ゴールを達成する答え」を区別する。
- AIの回答を鵜呑みにせず「これは条件解か?目的解か?」と整理する習慣が大切です。
- AIに二段構えを促す
- プロンプトに「他にもっと便利な方法があれば併せて教えて」と一言加える。
- これだけでAIは条件外の最適解を提示しやすくなります。
■ 道案内を超えて
この構造は道案内に限りません。
レポート作成でも、メール要約でも同じことが起こります。
- 「この文を短くして」と言えば文字数は削られますが、本当の目的は「読みやすく直す」ことかもしれません。
- 「この企業の財務データを出して」と頼めば数字は並びますが、本当は「競合比較での位置づけ」を知りたいのかもしれません。
条件をどう指定するかと目的をどう明示するかのバランスが、AI活用の成否を分けるのです。
■ 結論──フレームを越えて最適解へ
ConcertgebouwからRAI駅へ帰る道を聞いたとき、AIは「Tram 4」という条件に縛られ、最適解である「Tram 23/24直通」を提示しました。
これは単なる道案内の失敗ではなく、AIが抱えるフレーム問題の具体例です。
そして同時に、プロンプト設計の重要性を物語っています。
- 条件だけでなく目的を伝えること。
- AIに「条件解」と「目的解」の両方を出させること。
この二つを意識すれば、AIはより信頼できるパートナーとなる。
プロンプトの罠に陥らないためには、ゴールを見失わないことが何より大切である。
■ そして最後のオチ
実際に調べてみると──結果的にはTram 23/24はRAI駅に直通していませんでした。
理由は、AIの参照情報が古く、現在の路線状況が正しく反映されていなかったからです。
つまり、AIは条件に縛られるだけでなく、情報の鮮度というもう一つの壁も抱えているということです。
結局、最適解を得るためにはAIに頼り切るのではなく、自分の目と足で確かめることが欠かせない。
AIは強力な補助輪である。しかし最後にハンドルを握るのは自分自身である。
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