守備こそ正義?その思い込みを揺さぶる──川崎フロンターレ vs 町田ゼルビア【Jリーグ第27節】

「川崎フロンターレ vs 町田ゼルビア【Jリーグ第27節】での試合風景。守備ラインと攻撃陣が競り合うシーン」 サッカー×組織論
川崎フロンターレ vs 町田ゼルビア【Jリーグ第27節】での試合風景。守備ラインと攻撃陣が競り合うシーン
等々力の夜、守備と攻撃の思考が交差する一瞬。

試合の背景

2025年8月最後の日、記憶に残る一戦を観戦しました。
Jリーグ第27節、川崎フロンターレ vs 町田ゼルビア。公式戦13試合負けなし、12勝1分という圧倒的な勢いを保つ町田をホームに迎える試合でした。

首位との勝ち点差は9。この試合を含め残り11試合。もし敗れれば優勝の可能性が実質的に潰える状況でした。フロンターレにとって「負けられない戦い」であることは言うまでもありません。

しかしチーム状況は厳しいものでした。ここ1か月ほど、川崎には負傷者や体調不良者が続出。満足な布陣を組めず、スクランブル状態が続いていたのです。前節・名古屋戦では、酷暑の中で交代要員を使い切り、経験の浅い新人まで投入。さらには相手の退場にも助けられ、薄氷の3-4勝利をつかんだばかりでした。

そんな苦しい台所事情を抱えながら、無敗の町田と対峙する。試合前から異様な緊張感が漂っていました。

5-3の壮絶な撃ち合い

ゲームは序盤から打ち合いとなりました。点を取っては取られる展開。観客にとってはスリリングで見応えがありましたが、現場の選手にとっては消耗戦そのものです。

最終的なスコアは5-3。フロンターレが勝利を収めました。終盤には複数の選手が足を攣り、急きょポジションを入れ替えざるを得ず、普段はやったことのない様なポジションをこなさなければならない選手もでてくる状況でもありましたが、それでも、受けに回らずにATの最後には5点目を決めてとどめを刺す。まさに執念の勝利でした。

スタンドは歓喜に包まれ、この勝利で優勝への望みもかすかに繋がりました。

監督の言葉と違和感

ところが、試合後の長谷部監督のコメントは意外なものでした。

「あまりいいゲームではないという認識です。私は無失点で複数得点で勝ちたい。今日は勝ちましたけど、やはりゼロ失点で抑えたい気持ちでいっぱいです。」

勝利監督インタビューでそう語ったのです。勝利の余韻に浸るサポーターとしては、ゲームの評価、受け取り方に少し乖離があるような気がしました。もちろん監督が全てを本音で語るわけではないにせよ、違和感を覚えずにはいられませんでした。

守備重視の現代サッカー

この発言の背景には、現代サッカーの基本的なセオリーがあります。サッカーは他競技と比べて得点が入りにくいスポーツです。だからこそ「失点しないこと」が負けないための最も確実な方法。監督にとっては守備を整えることが勝利への最短ルートなのです。

さらに守備は、戦術的に再現性を持たせやすい。選手の個の能力に依存する攻撃に比べ、守備組織は練習で形を作りやすく、采配の成果が出やすい。リスクを避ける意味でも「守備重視」が当然のように選ばれます。

その意味で「無失点にこだわる」という監督の姿勢は理にかなっています。

今回の試合をどう評価すべきか

ただし、今回の試合を「いいゲームではなかった」と片付けるのは、少し違うのではないかと思います。

なぜなら失点の多くは、スタンス軽視ではなくスクランブル要員による布陣の影響が大きかったからです。
例えばスターティングメンバーでは本来はマルシーニョ選手が務める左ウィングに橘田選手を配置。CBにも怪我明けのジェジエウ選手ではなくウィレモヴィッチ選手を起用。こうした選択は苦渋のものでもあり、同時に後半勝負を見据えた布石とも考えられます。

実際、後半にマルシーニョのスピード、ジェジエウの強さを投入すれば、勝負どころで流れを掴める。そうした計算があったのではないでしょうか。前半はリードされなければ良い、という割り切りすら感じます。

もしそうだとすると、試合は長谷部監督の思惑通りに進んだ可能性が高い。つまり「内容は悪くない」どころか、「狙い通りの展開」だったと見ることもできるのです。

マネジメントとしての発言

では、なぜ監督はあえて「いいゲームではなかった」と語ったのか。
ここにこそ、プロ監督としてのマネジメントが表れている気がします。

戦術意図をすべて明かすことはできません。守備重視のセオリーに逆らう発言をすれば、メディアやファンの信頼を損なうリスクもある。だからこそ、建前として「失点は許されない」という発言に留めたのではないでしょうか。

その裏にある本音は、むしろ「チームはスクランブルの中でよく戦い、計算通り勝ち切った」という手応えだったのではないか。そう考えると、監督の言葉は一種のチーム防御でもあり、戦術秘匿でもあるのです。

象徴的な実況と解説

この日のDAZN中継の最後に、実況の下田さんと解説の福田(正博)さんのこんなやり取りがありました。

  • 下田「サッカーがエンタメである以上、たくさん点が入るにこしたことはありません。指導者は『失点は少なく、タイトルのためには』と皆さんおっしゃいますけれども、まっ、見る側はですね、福田さん、僕、こういうゲーム歓迎だなと思うんです。」
  • 福田「本当です。僕もしゃべり甲斐があります」

このやり取りは、試合の本質を象徴しているように思います。サッカーの価値は、必ずしも「無失点での勝利」だけにあるわけではない。観る者にとって記憶に残る試合こそが「いいゲーム」なのです。

結論

フロンターレが5-3で勝ち切ったこの試合は、確かに無失点ではありませんでした。守備の綻びもありました。しかし同時に、選手たちは苦境の中で力を振り絞り、監督は采配で後半勝負を演出した。

だからこそ私は、この試合を「いいゲームではなかった」とは思いません。むしろ、このチームが置かれた状況を踏まえれば、「記憶に残る素晴らしい勝利」だったと断言できます。

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