9月に定年を迎えて、あらためて考えたことがあります。
それは、このまま雇用延長にぶら下がるのではなく、体と頭が動くうちは、何らかの形で走り続けたいということでした。
そのため、雇用延長と並行して、再就職の活動も進めることにしました。
■ 就職活動を外から見て感じた違和感
もっとも、私の場合、大学を卒業してから定年まで一つの会社で過ごしてきており、転職の経験がありません。
最近の就職活動についても不案内ですが、大学4年生の息子の就職活動を横で見ていたこともあり、その雰囲気くらいは理解しているつもりでした。
しかし、傍から見ていて感じた素朴で、そして消せない違和感がありました。
マニュアルからAIへと時代が変わっても、相変わらず「セオリー」と呼ばれるものが存在し、まずはそのフォーマットに乗ることが求められるというやり方です。
「学生時代に力を入れたこと(いわゆるガクチカ)」が重視されるという構造にも、どこか距離を感じていました。
評価軸が、どうしても形式化しすぎているように思えてならなかったのです。
もっとも、みんながやることすらできなければ話にならない、という現実もよく理解してはいました。
■ 採用する側にいた頃の記憶
この違和感は、かつて自分が採用する側にいた頃の、あるエピソードに起因しています。
ある年に採用となった一人の女子学生の話です。
彼女は、浅草で人力車のアルバイトをしていた経験が、商社で働きたいと思うきっかけになったと語っていました。
女性が人力車の車夫を務めるというのは、当時でもかなり珍しく、ユニークな経験です。
当然、選考の場でも話題になりました。
ただ、私の記憶に強く残っているのは、その後、採用を決めた役員と雑談をした際に、彼がぼそっと言った一言です。
「人力車の車夫なんて、嘘に決まってるだろ。でも、どうやってそれを確認する?
そんなことはどうでもいい。確かめようのない話を、ここに持ってきた。その頭の回転が使えると思ったんだよ」
彼女の話に嘘があったかなかったかは、私には判断できません。
ただ、その役員の目の付け所には納得がいきました。
評価されていたのは、ユニークな経験そのものではありません。
それを材料にすれば目立ち、差別化されることは間違いない。
それを志望動機と結び付け、最後まで破綻しない形で構成した発想と構成力。
それなら、確かに応用は利きそうだと感じました。
そういう意味での評価は理解できました。
しかし当時の私は、どれほど稀有な経験をしていても、それだけで有能な人材だと判断できるものではないだろう、とも考えていました。
人は目標や目的のためだけに日々を過ごしているわけではありませんし、一つ一つの行動や判断が、すべて将来に直結しているわけでもありません。
そこだけを切り取って「何か書け」と求めるのは無理がある。
むしろ、学生との対話の中からそうした部分を見出すのが、面接官、すなわち採用する側の腕の見せどころではないのか。
そんなふうにも思っていました。
■ 評価される側に戻って分かったこと
ところが定年を迎え、再び自分が「評価される側」に立ったことで、そんなことは言っていられなくなりました。
37年ぶりに、職務経歴書と履歴書を作成することになったのです。
正直、最初は面倒以外の何物でもありませんでした。
何年にどこへ配属され、次にどこへ異動したか。
それを書き並べる作業は、形式的で無意味に思えました。
書いている本人がそう感じているのですから、読む側はなおさらだろう、とも思いました。
履歴書はともかく、職務経歴書には何を書くべきなのか。
この二つの書類は何が違うのか。
そんなことさえ、よく分かっていない状態でした。
そこでまず、人事部が用意した作成要領を読み込み、それぞれの書類の目的の違いから整理することにしました。
最近では、60歳定年後、年金生活に入るまでの数年間を企業が雇用で支える制度が定着しています。
その影響もあってか、定年後の再就職を支援する部署まで設けられ、まるで学生時代の就職課のような役割を担っていました。
そこに、たまたま同期が在籍していたこともあり、いろいろと相談に乗ってもらいました。
そうして作業を進めるうちに、ただ異動の事実が並んだ年表だったものが、少しずつ自分の歴史に変わり始めました。
何を書こうかと考えながら手を動かしていると、不思議なことに、それまで思い出しもしなかった当時の出来事や、一緒に働いていた人の顔までが次々と浮かんできます。
その時、何があり、なぜその選択をしたのか。
そうしたことが、驚くほど鮮明に意識されるようになりました。
それらを言葉にして並べ、取捨選択し、まとめていく。
異動の多かった私にとっては、決して楽な作業ではありませんでした。
こうして振り返ってみると、学生時代に抱いていた商社マンのイメージは、実際にその道を歩み始めてから大きく変わった部分もあります。
一方で、多くの点では、イメージしていた通り、あるいはそれ以上だったとも感じています。
その裏側では、出来事が起こるたびに自分なりに考え、迷い、選択してきた時間が確かにありました。
「あの時、なぜあれが納得いかなかったのか」
「ここでこの出来事がなければ、今は違っていたかもしれない」
後から振り返ると、そうした思考や感情が次々と掘り起こされていきます。
そうしてようやく完成した二つの書類。
異動ごとに経歴をまとめただけと言えば、それまでかもしれません。
しかし私にとっては、一種の自叙伝のように感じられました。
行間には、その時その時の自分なりの意志が、確かに存在していました。
■ 無意味だと思っていた作業の、別の意味
そう考えると、これらの書類を作成するという作業は、他人に見せるための評価資料であると同時に、自分の思考を掘り起こし、それが現在までどうつながっているのかを可視化する装置なのかもしれません。
無意味だと思っていたものが、少なくとも自分にとっては、別の意味を持ち始めていました。
確かに、こうした機会でもなければ、自分のキャリアをこれほど丁寧に見つめ直すことはなかったでしょう。
そう思うと、この作業も決して無駄ではなかったと、今は感じています。
就職活動や評価制度が正しいのか、間違っているのか。
その議論をするつもりはありません。
今の私は、採用してもらう側なのですから。
ただ、採用する側にいた頃には見えなかったものが、評価される側に立ったことで見えてきた。
その事実だけは、確かにあると思っています。


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