9月の満月、展望台から見た偶然と変化──note連載「満月の夜だけに開く窓」予告編

雲を突き抜けて昇るハーベストムーンとアムステルダムの夜景 ライフスタイルの感性
厚い雲の切れ間から現れた満月。夜景の奥から顔を出す瞬間は息をのむ美しさ。

9月8日、アムステルダムの夜。秋の入り口を照らすハーベストムーンが上った日です。
その夜いつものように市内を自転車で走りまわったり、運河沿いに立つのではなく、街を見下ろす展望台に登っていました。

いつもの様に満月の姿を求めて、9月はそれまでの様に街を徘徊して撮影場所を探しませんでした。その理由は・・・・実は単純で、昼間から重たい雲が広がり、「今夜は無理かもしれない」と思っていたからです。「今月は満月を観るのは難しいかもしれない。しかし、地上にいては雲に阻まれて何も見えない。ならば少しでも高い場所へ行けば、雲の切れ間を探せるかもしれない。」そう考えて、撮影場所を選んだのでした。

アムステルダム展望台は、アムステルダムの観光名所のひとつで、屋外の展望台から外にせり出したブランコ(Swing)が有名で、以前から一度行ってみようと思っていたのですが、なかなか機会がなく今回は良いチャンスでした。場所は市内の中心にあるCentral Stationの北側、つまりダム広場や飾り窓で有名な中心部とは反対の方向にありますが、駅からは無料のフェリーで反対岸まで渡ることができます。

アムステルダム中央駅からフェリーで北岸へ渡る風景。ハーベストムーン観測のために訪れた展望台への道

展望台に立ったときも、北側の空は晴れてきましたが、西から南にかけてはまだ厚いベールに覆われていました。夜景を見るだけであればいいのですが、月となるとちょっと無理かもしれません。私も半ば諦めながらも、スマホを持ちながら展望台をのんびり徘徊し、日が暮れるのをアムステルダムの夜景を楽しみながら、時間を過ごしていました。

アムステルダム展望台から眺める夜景と水面に映る街の光
展望台から一望する街並み。遠くまで伸びる運河と夜景が月明かりに照らされる。

やがて、時間も過ぎ闇が周囲を包み始めましたが、月らしい姿は見当たりませんでした。

やっぱり駄目か・・・
そう思いながら、東の方向を見ていると、雲の切れ間から光の差す場所がありました。雲もそこだけは白く輝いて・・・・そこに確かに月は出ている。でも雲がそれを遮っている・・・・惜しいもうあと少しなのに・・・・。

雲を突き抜けて昇るハーベストムーンとアムステルダムの夜景
厚い雲の切れ間から現れた満月。

時計は20:30PM。この展望台の営業時間は22:00PMまで。まだもう少し時間はあります。

展望台の足元にはアムステルダムの街明かりが広がり、運河の水面がわずかに反射する。遠くに走る路面電車の光の帯。そのすべてを見下ろす高みで、静かに円く白く輝く雲が浮かんでいる。地上で見るのとは全く異なる構図で、私は「これもまた月の貌なのだ」と思わずつぶやきました。


等々力の夜に重なった月

時差があるのでアムステルダムではまだ昼だった頃、遠く離れた川崎では前月と同じようにフロンターレの試合日に等々力のスタジアム上空にも満月が昇っていました。しかも、月食が観測されるということで、家族がそれを写真に撮りました。先月8月のスタージェンムーンに続き、2か月連続で「満月とサッカー」が撮れたわけです。

私の記憶をたどっても、こんな巡り合わせはありません。月の周期は約29.5日。リーグ戦のスケジュールと重なるのは偶然にすぎません。けれども、それが2か月続けて起こることは、ほとんど奇跡に近いと思って染むのですが、間違っていませんよねぇ。

等々力の夜空に浮かぶ満月はまるで、ゲームを観ているかの様にゴールが決まった瞬間のどよめきも全てを包み込むかのように、サポーターと一緒に観ているような気がします。アムステルダムの展望台でも私は月を見上げていると、時差は7時間、物理的には7,000キロ離れていても、同じひとつの月を見ていると、月が私とサポーターや家族と結んでいるような気になりました。距離や時間を超えた不思議な連帯を感じます。

「8月と9月、二か月連続で満月の下でサッカーを観る」。
これはただの偶然かもしれません。しかし私はそこに「巡り合わせ以上の意味」を感じています。月とサッカー、その二つが交わった夜は、確実に私の記憶に刻まれました。


季節の移ろいと月の位置の変化

そんなことを考えながら、展望台を歩いていると、ジェッダサインならぬ横に赤い馬を従えたアムステルダムサインを発見しました。

アムステルダム展望台の赤い馬とA’DAMサイン
展望台に設置されたA’DAMサインと赤い馬。観光名所ならではの遊び心あるオブジェ。

そして次の瞬間、さっきまで雲に覆われていた空に雲切れ目が現れ、雲の合間から月が顔を出しました。粘った甲斐がありました。

展望台から眺める満月とアムステルダムの夜景
夜景の向こうに浮かぶ満月。展望台ならではの視点で広がる光景。

月は普段よりもはるかに近く感じられました。もちろん実際には、100メートル高い場所に登ったところで月までの距離(約38万km)が縮むわけではありません。それでも「迫ってきた」という感覚は強烈でした。高層から見上げることで、心理的な距離がぐっと縮まるのです。

夜空に浮かぶハーベストムーンのクローズアップ写真
高層から見上げた月は、錯覚かもしれないが手が届きそうなほど近く感じられる。

今月はハーベストムーンとこのアムステルダムの夜景の2つを十分に堪能しました。

営業時間も過ぎて、家に戻ってから再び、いつもの位置からも月を見てみようと自転車を走らせました。6月から8月までは、赤みを帯びた低い月が少しずつ高くなり、街並みや川面に街灯が揺れる運河などに月が収まる光景で、私は同じ橋の上に立ち、同じ構図を探すことで、連続性を実感していました。
しかし、いつもの場所に辿りついた時にはその風景はすっかり変わっていました。

運河沿いの建物と花越しに見上げるアムステルダムの満月
雲間から差す月明かりと街灯が重なり、橋の上に幻想的な光景が広がる。

ハーベストムーンはもうアムステル川には浮かばず、まったく別の位置から昇ってきたのです。月の昇る位置が季節によって変わっていくことは当然認識していましたが、この1ヶ月の変化は「6〜8月までは連続していたのに、9月になった途端に断ち切られた」ようで衝撃的でした。

アムステル川から大きく離れて上る月
アムステル川ではなく高速道路の横で輝く月

なぜ変わるのか

調べてみると、理由は明快でした。

川崎(北緯35.7°)とアムステルダム(北緯52.4°)。緯度の違いは、月の動きを大きく変えます。緯度が高いほど、月は地平線に沿って斜めに動き、季節による変化が顕著になります。

さらに、夏至から秋分にかけて太陽の赤緯は +23°から0°へ下がります。満月は太陽の真反対に位置するため、−23°から0°へと大きく移動します。つまり、夏の低い満月から秋の高めの満月へと一気に変わるのです。

この変化がアムステルダムでははっきりと表れます。だから8月まではアムステル川に浮かんでいた月が、9月にはもう現れない。
一方、緯度の低い川崎では変化は緩やかで、等々力の夜空に浮かぶ月の位置はほとんど変わらない、というこのと様です。

同じ満月でも、場所によって「安定」と「劇的な変化」がある。
その対比は、地理がもたらす現象を日常で実感させてくれるものでした。
偶然と必然。安定と変化。同じ月が、見る場所や時間によって異なる物語を紡ぐ——9月の夜はそれを強烈に教えてくれました。


今月もこの観察をもとにした本編記事「満月の夜だけに開く窓──ハーベストムーンと季節の変わり目」を、まもなくnoteにて公開します。
秋の月明かりとともに、ぜひご覧ください。

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