商社マンとしての私と、サッカーとの偶然の出会い
定年を前に、次のキャリアをどう築いていくかを考えていた私に舞い込んだのは、一見偶然のようでいて、実は必然だったのかもしれない出会いでした。サッカーというスポーツを通じて「スポーツビジネス」という分野に触れる機会を得たのです。
商社マンとして40年近く働き、海外駐在も長く経験してきた私は、異文化や産業を結びつける役割に強みを持っています。もしサッカーの世界でもその経験を活かせるなら──そう思い描いてきた関心が、明確な形をもって私の前に現れた瞬間でした。
MVVマーストリヒトというクラブの物語

会場となったのは、地元の歴史あるサッカークラブ MVVマーストリヒト のクラブハウスでした。
このクラブはオランダのサッカー史に名を刻む存在です。1956-57シーズンから始まったエールディヴィジのオリジナルメンバーであり、長くトップリーグの一角を担ってきました。ところが2000年を境に2部リーグ暮らしが続き、やがて経営不振に陥り、会社更生法の適用まで受けるほどに追い込まれます。
この危機を救おうと立ち上がったのが、地元の若手起業家や企業家たちでした。「120年の歴史を誇る地元クラブを破綻させてはならない」と奮起したのです。しかし当初支援に入るはずだった米系ファンドが突然手を引き、再建計画は頓挫しかけます。そこで参画したのが、日本人投資家グループ 出島フットボール でした。彼らが共同オーナーとなったことで、MVVは破綻を免れただけでなく、日本とオランダを結ぶ新しい物語が始まりました。

商社マンとしての私は、この構図に特別な意味を感じます。資本とは単なるお金ではなく、文化や誇りを未来に受け渡す仕組みになり得る──それこそClear Layerで捉えるべき現象と言えます。
イベントで紹介された三層モデル

今回のイベントでは、クラブ経営を整理した「三層モデル」が紹介されました。
- 第1層:Football Vision(競技としての夢と方向性)
- 第2層:Academy/Community/Technology(育成・地域との連携・技術活用)
- 第3層:Financial Stability(財政の安定)
つまり、クラブが掲げるビジョンを支えるには育成・地域・技術といった柱が必要であり、最終的には財政基盤の安定がなければ何も成り立たない。逆に財政だけに偏れば人の心を動かせない。まさに夢と現実のバランスが重要だということです。
この考え方は、商社マンとして事業を推進してきた私にとっても非常に納得感がありました。どんなプロジェクトでも、理想と収益構造は表裏一体だからです。
名将ベルト・ファン・マルワイク氏の講演
イベントで特に印象的だったのが、2010年W杯でオランダ代表を準優勝に導いた名将 ベルト・ファン・マルワイク 氏の講演でした。彼は2024年からMVVの筆頭アドバイザーに就任し、クラブ再建の哲学を語ってくれました。
その内容は実に示唆に富んでいました。
- 長期ビジョンを徹底する:確固たるビジョンは必要だが、期限付きの短期計画で追いかけるのは誤りであり、チームもサポーターも忍耐が求められる。
- 育成重視:世界トップクラブの映像を用いて、選手に「自分たちにもできる」という技術的ビジョンを浸透させる。
- スター選手に依存する戦略の否定:スター選手に依存する戦略を否定し、若手育成と移籍金で得た資金を循環させて、チームの底上げを図る。
- ファンの重要性と危うさ : ファンが生み出す熱狂とエネルギーは不可欠であるが、すぐに結果を求めてしまう傾向がある。ファンには課題を隠さず共有し、忍耐を求める姿勢が大切。
彼のこうした考えは、単なるサッカー論にとどまらず、組織経営やビジネスにもそのまま当てはまる内容だと思います。
フロンターレの歩みに重ねて
私は地元の川崎フロンターレのサポーターでもありますが、フロンターレのこれまでの歩みを振り返って見ると、この考え方がそのまま当てはまるような事象が多々あるので、直感的に彼のこうした考えは、彼の経験から来ているもので非常に説得力あることが分かりました。長期的ビジョン、育成、資金循環、そしてファンとの信頼関係。フロンターレがここまで成長してきたのは、まさにこれらを丁寧に実践してきたからだと改めて感じました。オランダの名将の言葉と日本のクラブの歩みが響き合った瞬間でした。

Clear Layer視点で読み解くスポーツビジネス
私の物事の捉え方は「Clear Layer」という言葉に象徴的されます。表面に見える華やかで美しいものの裏には必ず見えないドロドロとした世界が存在するという視点で、この2つのバランスをとることが大切に考えたいと思っています。
今回のサッカー・ビジネスもこの視点で見たとき、はっきりとこの二層構造が浮かび上がります。
- 上澄み(理想):感動的な試合、美しいゴール、スタジアムを揺らす歓声
- 沈殿(現実):財政基盤、スポンサー契約、放映権、スタジアム運営という泥臭い現実
感動だけではクラブは持続せず、財政だけでは人を惹きつけられない。この二層のバランスをどう設計するかがスポーツビジネスの核心です。そして、商社マンとして培った「理想と現実の調和」を考える視点こそ、ここで生きてくると感じました。
MVVが示した示唆
MVVマーストリヒトと出島フットボールの物語は、地域の誇りを守るために外部資本がどう機能するかを示すケーススタディです。
そして同時に、スポーツが国境を越え、文化とビジネスを結びつける力を持つことを証明しています。
私はこれから第二のキャリアに踏み出します。その中で「Clear Layer」の視点を活かし、スポーツビジネスに貢献していく道を模索していきたい。そう強く思わされた一日でした。
詳細はnoteにて
本記事では概要を紹介しましたが、これはあくまで入り口にすぎません。
「Clear Layer」の視点をどうビジネスに応用できるのか──その具体的な考察は、noteに詳しくまとめています。
興味を持たれた方は、ぜひそちらものぞいてみてください。
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